【第73回】農耕文化は縄文時代から

学長コラム 2020.4.10

食用の農作物の栽培・農耕は、いつ頃どんな作物で始まったのでしょうか。
稲作(水稲)の重視、神格化のためか、
しばしば「農耕の始まりは弥生時代」 という思い込みも見られましたが、
現在の通説は、縄文時代の中期には根茎作物(サトイモなど)の栽培、
続いてミレット(陸稲を含む雑穀類)が栽培されていたことが分かってきました。
縄文時代中後期遺跡からは、農耕用の石器や調理・保管用の土器、
土器に付着した食用作物の種子が発掘されました。
日本各地に細々と残る「焼畑農業」をたどって当時のことを推測することも可能です。

 

縄文時代の農耕用石器

長野・富士見の「井戸尻・縄文遺跡」から高度に発達した農耕用石器が発掘されました。
ここは4~5,000年前の遺跡です。
「縄文式土器」のみが注目されますが、この遺跡出土品で、
「縄文は木の実を採集して生活していた時代」という先入観を吹き飛ばしました。
「中耕除草用の石器」までがあったのです。

石器づくりには固い研磨用の道具が必要なのですが、
その役割を果たしていたのが姫川流域特産の「翡翠(ひすい)」だともいわれますから不思議です。

新潟県では、長岡市・馬高遺跡、十日町市・篠山遺跡などで、
縄文時代の中期を飾る「火焔型(かえんがた)土器」が数多く発掘されています。
高度で、芸術性に優れた土器を生み出した文化ですから、
きっと、ここでも農耕用石器の加工・利用はあったでしょう。

 

照葉樹林文化

縄文の栽培・農耕文化を理解するうえで、「照葉樹林文化」にも触れておきます。
中尾佐助さんは、東アジアの照葉樹林帯に共通する農耕文化の発展過程、
これを次の5段階に分けており、③の辺りでは「縄文の中後期」に重なります。

①野生採集段階⇒②半栽培段階⇒③ 根菜植物栽培段階
(サトイモ、ナガイモ、コンニャク、焼畑が登場します)
④ ミレット栽培段階
(ヒエ、シコクビエ、アワ、キビ、オカボ=陸稲が対象)
⑤ 水稲栽培段階
(この辺りは、縄文晩期から弥生時代に重なるでしょう)

縄文時代は文化的に劣るものではありません。
後期・晩期には集落の規模も大きくなっているので、
単なる採集だけでは増える人口を維持できたとは思えないし、
1万年余の間には、相当な進歩があったものと考えます。

関連記事

NAFUマガジン一覧へ