【第76回】地名、駅名、路線名など  

学長コラム 2020.5.22

燕・三条

駅名学入門」(今尾恵介・中公新書ラクレ)に 
上越新幹線の「燕三条」という駅は、新潟県燕市と三条市の境界あたりに設けられたが、
三条と燕のどちらを先にするか
まとまらなかったのを
かの田中角栄さんが鶴の一声で駅名を「燕三条」とし、その代わり
北陸自動車道のインターは逆順の 「三条燕」 することで妥結させたという話も聞く”あります。 

 

佐久・小諸 →「佐久平」

「信濃の国殺人事件」(内田康夫・徳間文庫)から引用します。
北陸新幹線について
 
軽井沢から上田まで直線を引くと、その線上には「小諸」が重なる。
在来線の信越本線もそのルートを走っているにも拘わらず、
新幹線は軽井沢からいったん南西に向きを変え、わざわざ千曲川の向こうに渡って
佐久市に新駅を
り、さらに北西に進路を変えて上田に向かう。
たぶん、誘致反対活動があったのだろう。
新駅の名前を決める段になって「
佐久小諸にせよ」とクレームをつけるのだが、
佐久市が応じるはずがなく「
佐久平」になったのだろうと解説します

確かに、広い地域名では小諸も佐久(郡)に入るのですが、
佐久市は「駅の設置に反対した小諸がをいうか」と応じず、
JRの折衷案で「佐久平」になったということでした。 

 

大糸線が避けて通った「池田町」 

新潟県・糸魚川から長野県・松本まで南の北を貫く大糸線は、開業以来100年が過ぎる古い路線です。
名前の由来は町-魚川にあるのですが、
大町以南の国鉄、私鉄線つながって、現在の終点「松本まで延伸されました。 

大糸線で運ばれる信州特産の一つ繭(生糸原料)があります
かつて重要な輸出品日本経済を支えていたのが、諏訪地方や群馬の製糸業でした。
信州・北安曇の繭は、大糸線を通って生糸加工地に出荷され、
最終的
には横浜の港から輸出されていました。
大糸線、中央東線
八高崎-王子)、横浜線は生糸街道を形成する基幹路線だったのです。 

・繭の生産地である長野県の北安曇郡池田町では、
大糸線の敷設と駅の設置を計画した際に、
蚕のエサ桑を育て、蚕の眠りを妨げない
静かな環境が必要主張・反対して、
大糸線やむなく迂回、現在の松川村(細野)に設けられたも聞きました 

安曇地域の蚕は品質が良く、
安曇野市・三郷の
天蚕で作ったストールは「ふるさと納税」の返礼にもあります。

 

蛇行する新京成線

千葉の北総台地を行く新京成線平坦な地形なのに
松戸から常盤台、鎌ケ谷、津田沼とわざわざ曲がりくねって走ります。
これを「ふしぎな鉄道路線」(竹内正弘・NHK出版新書)
鉄道敷設部隊の訓練演習線だったので、訓練のため敢えて種々の条件を作
障害を避け効率的路線とする
演習で地形おり厳密に緩やかな勾配に沿わ
大隊規模の演習線基準=45
kmを確保するためわざと遠回り”と説明します。 

 

 

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