【第102回】雪国のくらし―北越雪譜から その1 雪の推量

学長コラム 2021.6.4

越後塩沢(いまの南魚沼市塩沢)の文人鈴木牧之が、天保8年(1837年)江戸文渓堂から出版した本「北越雪譜」は大評判になった。
越後のくらし、自然、生物、仕事、伝承、民俗行事、遊びなどが取り上げられ、なかでも、江戸の人間の想像をはるかに超える越後の豪雪が生々しく描かれていたからである。

越後の雪は、わずか一昼夜のうちに多いときで1丈(3m)積もるという。話はそこから始まる。
ちなみに、現在も上越国境の山では積雪10mを超えることは珍しくなく、JRの飯山線には、1945年2月に最高積雪7.85m(森宮野原駅)(長野県栄村)、人々が電線をまたいで歩いた記録が残っている。

北越雪譜」(岩波文庫による)は、文語調で難解なため、いくつかを超意訳し4回シリーズで紹介する。
(注)民話や伝承を集めた書物として、柳田國男の「遠野物語」(角川文庫)があるが、これも容易に入手できる。

 

雪の推量(ゆきの・たかさ)

塩沢町の隣、六日町の人から聞いた話である。
千隈川(千曲川)の辺りで、初雪から12月25日まで降雪の高を測り続けたところ、その合計高は(およそ80日で)18丈(約54m)にも達したという。
不思議なことでない。これから察するに、深山幽谷の雪の深さ、想像もつかないほどである。

 

雪中の洪水

(塩沢では)大かたは初冬と仲春に雪中の洪水が起こることがある。
魚野川に注ぐ流れが、大雪でせき止められ、普段はしっかり雪を除きながら井戸の代わりとして便利に使っていたものの、一気に堰(せき)が切れて流水がみなぎり、なおも溢れて人家に入り、水難に会うこと多し。家財を流し、溺死することもある。

 

吹雪

塩沢に住む22歳の農夫が2里離れた村から嫁を迎えた。
子どもができたので嫁の親もとへ出かける。
「泊ってはどうか」と言われたが、天気もよいので帰ることにしたところ、美佐嶋辺りで天候は一変、暴風雪に全身は凍え、夫婦は頭を並べて凍死した。
翌日の晴天に通りかかった村人が掘り返すと、母親の胸に抱かれていた子どもは生き返って泣き声を上げたという。

 

雪崩・人に災いす

雪崩のため非業の死を遂げた魚沼のある村人の話である。
10人を使う50歳の「農人」が、雪の中を出かけたが帰ってこない。
相手先に尋ねたが、来ていないとの返事に「これは雪崩にやられたか」と案じていたところ、近くの古老が、思い当たることあり「西山で大きな雪崩があった」と告げる。
翌日、捜索に出かけると、4間(7.2m)ばかりの大雪崩の跡があり、発見は困難を極めたが、雪の上に鶏(にわとり)を放ったところ、けたたましくトキを告げる。
掘り進めると、真白な雪の中に血が染まった場所があり、そこに片腕がちぎれて、首のない死骸を見つけた。
かほどに大きな禍をなすのが雪崩である。

 

次号は、<その2>動物・人を助ける

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