学長コラム
【第24回】鋤・犂(すき)と鍬(くわ)、そして<トラクター>
連載11回目の「学長コラム」(アメリカ映画に見る食料・農業)において
それまでの<馬と犂(すき)>に代わって登場したトラクタ-が農地を深く耕し過ぎたために
土壌が流出(エロ-ジョン)、ダストボ-ルの原因にもなり農業不況をもたらしたと述べました。
そこで今回は、日本における農具としての鋤(犂)、鍬、鎌と農地・農業生産力の関係をお話ししましょう。
注)大雑把には、<手鋤き>と<牛・馬犂き>と分けて説明されています。
中世までの農業は「鋤」(すき)が主流
日本は、なにかと中国の影響を大きく受けています。
農業も同様で中国・華北の「乾燥地域」での農法がそのまま取り入れてきました。
つまり、土中の水分(湿度)を保つには浅く耕す必要があり、それには鋤が適していたのでしょうが
国土の狭い日本では「広く浅く」のやり方では単収の増加に限界がありました。
深く耕す→根が深くまで伸びる→土壌の養分が広く吸収できる→肥料を多く与えても効果が上がる
→やはり深く耕す農具を作って使おうという流れで生まれて
改良・工夫を重ねてきたのが各種の「鍬」だったのです。
近世は「鍬」(くわ)の時代
もちろん、中世にも鍬のようなものはありましたが、近世の江戸時代になると農作業ごとの鍬が出現しました。
耕起用、土さらえ用、中間の作業用などといった具合で、刃と柄の角度、柄の長さも多種・多様です。
これにより、日本では、棉作用の金肥、例えば、イワシやニシン粕の多投が可能になり
商品作物としての農業生産、加工、流通が活発になって、経済が大きく拡大したのでした。
現代の農業機械
アメリカでのトラクタ-の発明・普及は大戦での戦車の生産・改良を通じて
世界中に機械耕作化へのきっかけと発展につながり、日本でも経済の高度成長以来ごく一般化して現在に至ります。
また、いまでは「多目的」機械になりましたから、農地・土壌の実情に応じ
作業の目的にも合わせてアタッチメントを交換するだけで、いかなることも可能な「汎用機械」に進化しています。
さて、余談になりますが、4月のある日にNHKテレビを見ていましたら、南北朝鮮の境界線からの望遠レンズに
北朝鮮側の農業の姿、牛にひかせた犂(すき)での耕起作業が映し出されていました。
乾燥農業なのか機械化の遅れか、とても興味深い場面でした。
なお、「鎌」にも用途に応じた種類があるのですが、その話はつぎの機会にしましょう。