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【第149回】塩ザケ、塩ブリ、そして塩カツオ


第17話、19話でも触れたが、正月用の塩魚を「年取り魚」という。上野御徒町のアメ横や兵庫明石の「魚の棚」の年末の賑わいは、一風物詩である。

さて、一口に「年取り魚」といっても、四方を海に囲まれた日本は、各地でその種類は異なると、そのときは書いてみた。

 

東のサケ、西のブリ 

新潟の下越・村上のサケ(塩引き鮭)は絶品だが、佐渡あたりから西ではブリの立場が強いようである。
そして、最近は、銀座の日本料理屋でも「真野湾のブリ」と銘打って出されている。嬉しいが、ただ、地球温暖化の影響であろうか、近ごろは北海道でブリが採れるようになったともいう。 

とりあえず「東西」と分けてみたが、内陸の長野県でも、東北信濃は「塩鮭」、松本、伊那、木曽では「塩鰤」と対照的である。

 

飛騨の鰤街道 

冬の富山湾、とくに氷見の定置網で採れたブリは、能登ブリ、越中ブリと称し、古くから京、大坂で珍重されてきた。この越中ブリは、峩々たる高山地帯を越えて信濃に運ばれる。松本に到着のころには、その名も「飛騨ブリ」と変わる。標高1672mの野麦峠を越えた後には、「飛騨から到来したブリ」ということでの呼び名である。その飛騨ブリ、江戸時代のことであるが、1尾の値段は浜の4倍、コメ1俵分に相当したという。

 

正月を寿(ことほ)ぐ「しおかつお」 

年取り魚はサケ、ブリだけではない。2022年12月の日経・文化欄によると、静岡県伊豆の田子地区には、代々、「しおかつお」が受け継がれてきたのだと報じられていた。カツオ1本、塩蔵・乾干しした伝統的保存食で、かつては全国にもあったらしい。

さらに1300年前の奈良時代には、「堅魚」(かつお)が、いわば『税金』として朝廷に納められていたと記録に残る。鰹節の普及によって縮小したらしいのだが、租税とは「米だけではない」という証拠で、人々はいろいろな仕事に就いて生活してきたのだ。網野善彦ではないが、「百姓」とは100の姓(かば)、農業だけではないことを改めて確認できる。そして、何よりも日本列島が海に囲まれた豊かな地域であることを示している。


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