学長コラム
【第19回】新潟食料農業大学の校歌
2025年11月3日 校歌「緑の地から」お披露目会
新潟食料農業大学は2018年に誕生しましたが、開学から7年間、大学の形を整えるのに精一杯で、校歌について考える余裕はありませんでした。昨年度、博士課程が設置され、学部と大学院がセットですべて揃いましたので、私は校歌制定について考え始めました。
編曲
今春、2025年4月のことですが、通勤の自家用車の中でいつものようにピアノ曲を聴いていました。前日にSpotifyからダウンロードしたバッハの「変奏を伴うサラバンド ハ長調 BWV 990」という16曲からなる変奏曲でした。第1番のゆったりとした落ち着いた旋律を聴いて、日本語が乗せられそうな曲だと感じました。そして、第6番のキラキラしたリズミカルで力強さを感じる旋律を聴き、第1番とこれを繋げれば、校歌になるとひらめきました。
これまで作詞や作曲の経験はありませんでしたが、無謀にも私自身で編曲と作詞を行って校歌を作ることにしました。
早速、楽譜を手に入れ、第1番と第6番を切ったり貼ったりして、トレモロを除くなど細部を調整し、楽譜生成ソフトのヤマハDoricoというソフトを使って手入力で記譜しました。このソフトの再生機能を使って音の流れを確認しながら、32小節からなる校歌の骨格を作りあげました。楽器を一つも使わずに編曲ができたことに、我ながら驚きでした。
作る過程で予想していましたが、自分で歌ってみますと、高校の音楽の授業ではトップテナーを担当していた私でも高音部は無理で、4音下げることにしました。Doricoは優秀で、一瞬にしてこの作業を行ってくれ、ハ長調から#が一つ付いたト長調に移調した楽譜を作成してくれました。これには感激しました。
作詞
詞には、私の人生観や大学の特徴、大学で学んで欲しいことを込め、ストーリー性を持たせたいと思いました。
はじめに、風に吹かれて、ふわりとこの地に降りたつという姿が浮かびました。緑豊かなこの地で農業から始まる食料産業および食や食を楽しむことを広く学ぶと同時に、人生を生きる力を身につけて、一回り大きな人間になる。羽根を広げて広い世界に飛び立つといったストーリーです。
若い皆さんに、この素晴らしい新潟の緑の地で、広く多く学びながら、人生を生き抜いて行く力を付けてもらいたいという思いです。
各フレーズについてもう少し説明してみます。
“風に吹かれて ふわりここに降りた”
私は、ふわりと風に吹かれるような偶然をきっかけに、新しい人生を歩み出しても良いと思っています。風に吹かれて降り立った場所で、肩肘張らずに、まずは何かを始めてみようといった感じです。
“緑の田畑 きらめく水面”
メインキャンパスの周辺は田畑です。大学のすぐそばに胎内川が流れています。
“潟が育む 豊饒の地”
胎内キャンパスの東から南にかけての田畑は、広大な紫雲寺潟が江戸時代に干拓されて作られた土地です。干拓されてできた新田は約2,000haで、42の新しい村ができたとされています。また、新潟は、その名にあるように、潟から生まれた土地です。潟が育んできた肥沃な土壌や潟の豊かな水によって、良質な米が生産される豊饒の地が生まれたのです。
“朝日とともに 未来を築く”
われわれは、のぼる朝日とともに、日々一歩ずつ歩んで、自分自身を育み、農業から食卓までを網羅する食品産業の未来を創っていきます。
朝日は、大学に近い、朝日連峰や磐梯朝日国立公園(その中の飯豊連峰は大学から櫛形山脈の向こう側にくっきりと見えます)の「朝日」の意味も含んでおり、雄大な山脈も意識しています。
“生きる糧 豊かな食・時”
前の小節にある「未来に築く」ものは何かというと、人が生きるのに不可欠な米や野菜などの作物、これらを加工・調理することによる豊かな食、そして、食を楽しむ時です。
「食」の豊かな未来を築く、本学の使命はそこにあると考えています。
“力満ち 清らかな心”
幅広く「食」を学ぶとともに、「毎日を大切に生きる力と、自分自身に嘘をつかない清らかな心」を身につけてもらいたいと願っています。
“命漲り 今羽ばたき”
この大学で、肉体・精神ともに充実させ、この大学で羽ばたき始めます。
“さあ飛び立とう 悠かな空へ”
今、その時が来た、広い世界に繋がる悠かな空に向けて飛び立とう、という気持ちを込めました。
詞ができたところで、音程や歌詞のチェックのために、妻に歌ってもらって、さらに歌詞を他の単語に置き換えたり、さらなる調整をしました。最終的にテンポを速めに設定し、前奏を付け、最終4小節を繰り返すことにして完成させました。
録音
録音はNSGグループのSHOW! 国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校にお願いしました。山本雄太副校長が制作プロデュースを担当し、作曲の専門家の佐藤和音先生が、楽譜を確認して音楽的には問題ないとして、ボーカロイドを使った歌声と伴奏を付けたデモ版を作成してくれました。
ピアニストには、7月に開催された新潟県音楽コンクールで県知事賞を受賞した長谷川悠さんを佐藤先生が推薦してくれました。歌唱はSHOW!の1年生4人と2年生2人を選んでくれました。
ピアノ録音は、8月8日にSHOW!の音楽スタジオで行われました。カワイのピアノはこのために調律され、その周りに複数のマイクが立ち並び、本格的な録音スタジオの風景に驚かされました。
素人の私が注文を出すのは失礼かと思いましたが、長谷川さんには、原曲であるバッハの曲に共通する、精緻な構造や厳格な形式美を意識していただきたいとお願いしました。細部に関しては、前奏と出だしはゆったりと、13小節からは優雅に、21小節からは歌詞に合わせてきらびやかに、25小節からは力強く、29小節からは優雅に力強く、33小節以降は印象的に、と伝えましたが、基本的には長谷川さんの感性にお任せすることにしました。また、ピアノ演奏は合唱の伴奏を意識して消極的になることなく、ピアノ独奏でも印象を残すような演奏を期待していることも付け加えました。
8月18日に1年生4人のボーカル録音を同じスタジオで行いました。歌い方としては、クラシックを意識せず、1970年代のニューミュージックが持つような軽さや親しみやすさを出してもらいたいと伝えました。具体的には、チューリップの「心の旅」や荒井由実の「中央フリーウェイ」などです。ただ、これらはボーカルの皆さんが生まれるはるか前の曲ですので、私の中ではニューミュージックの系譜を継ぐと思っているKiroroやBUMP OF CHICIEN、近いところでは映画「君の名は。」を担当したRADWIMPSあたりかなと話しました。
1人1人ブースに入っての録音で、1人目の櫻井惺さんには曲のイメージを理解してもらうために小節を区切って何回も歌ってもらうことになり大変な思いをさせてしまいましたが、マルレーン有美先生の的確な指導もあり、見事に曲全体の雰囲気を形にしてくれました。この複数回のテイクをメモをとりながら見ていた2人目以降は、すんなり録音を進めることができました。翌日には2年生の本間朱莉さんと七浦謙斗さんの録音を行いました。
録音終了後、ソロバージョンには、曲のイメージに合う1年生の男女1名ずつ、佐藤凌星さんと岡田華蓮さんを選びました。
その後、レーコーディングを担当してくれた吉森紫苑先生が、見事なミキシング作業を実施してくれ、ピアノ独奏、男女のソロ、合唱の4バージョンが完成しました。
この音源を使って、9月10日の新潟食料農業大学の総務会に提案し、歌詞、楽譜、音源が校歌として承認されました。この日をもって、この曲が正式に校歌になりました。校歌の制定日は、2025年9月10日ということになります。
お披露目会
11月3日お披露目会が胎内キャンパスのエントランスホールで開催されました。
この時が、初めて生のピアノと生の歌唱を合わせる演奏でしたが、ピアノと歌は綺麗に溶け合ってホールに響き渡り、この曲のぬくもりある美しさが見事に醸し出されました。
演奏後に、皆さんからコメントをいただきました。
ピアノの長谷川悠さん
「暖かさの中にバッハらしい厳かさな美しさを意識しました」
男性ソロバージョンの佐藤凌星さん
「校歌らしさを感じながら、新鮮さ、新しさを感じながら歌わせてもらいました。歌詞の壮大さと曲のスケールがとてもマッチしていて自分の中に新しい感情が生まれました」
女性ソロバージョンの岡田華蓮さん
「『風に吹かれてふわりここに降りた』という歌詞が印象的で、風に吹かれて飛んでくるようにそんなきっかけで人生の一歩を踏み出しても良いと録音時に言われたことが胸に残っています」
私はこれらのコメントを聞いて、制作の過程ではピアニストやボーカリストとは多くを語る時間はありませんでしたが、この曲を通して皆さんと心が通じていたことがよく分かりました。音楽が作り出す素晴らしい時間と空間を楽しめたことに感謝です。
最後に、司会を担当してくれた江部琴美さんと吉井萌さんから、
「こうして誕生した校歌が、これからの本学の歩みとともに、学生・教職員・卒業生の心を繋ぐ歌となって行くことを願っております。」
とコメントされて会は終了しました。
私は、この校歌が新潟食料農業大学とともに未来に向かって進んで行って欲しいと願いながら、灰色がかった幼い白鳥が眩しい空に力強く飛び立つ姿を心に浮かべています。
(中井ゆたか)