学長コラム
第25回 パンに感動する
日本ではパンは主食?
米が高くなったので、パンや麺類に代えているという声をよく聞きます。
米とパンの購入量を調べると、2022年のデータですが、年間1世帯当たり米が57,380g、パンが43,571gで、カロリー換算すると米が20万kcal、パンが10万kcal程度になります。パンから摂取するカロリーは米の1/2にすぎません。
やはり、米は今も主食の座にあるといってよいでしょう。
とは言え、政府による家計調査を見てみますと、かつては米に対する支出が上でしたが、パンへの支出がじわじわと上昇して2010年から米を上回っています。15年も前から家計支出から見ると、主食はパンといえます。
ちなみに、2024年の二人以上世帯の1ヶ月平均の消費支出は287,373円で、米が2,164円、パンが2,851円、麺類が1,713円です。ただ、米価格の急騰により2025年は米がパンを上回っていますので、今後の支出の順位は米価次第でしょう。
パンの思い出
私が子どもの頃は、パンといえば皮が茶色で内層は白くて柔らかいもので、給食で出てくるのは食パンかコッペパンでした。専門用語で皮をクラスト、内層をクラムとよぶそうです。皮を切り落とした真っ白な食パンにバター、マヨネーズと辛子を塗ってハムを挟んだサンドイッチを遠足の時に母が作ってくれました。当時は普通、子どもには辛子を与えませんでしたので、このハムサンドを食べると、大人になったようで嬉しかったことを思い出します。
私が、クラムが濃い褐色のパンに初めて出会ったのは、1984年に米国に留学した時ではないかと思います。地下の学生食堂にサンドイッチコーナーがあり、ショーケースに並んだパンと具を選んで注文します。濃い褐色の全粒粉パンやライ麦パンをよく選びました。この時はパンの英語名が分かりませんでしたので、Brown one please!などと注文していました。
これらのパンは、ずっしりと重く、かみ応えがあり、香りが豊かでとても気に入りました。表皮や胚芽が取り除かれていない全粒粉には自然を感じることができ、これぞアメリカの大地に直結した食品だと思いました。
ドイツのパン
パンといえば、2002年のドイツ調査旅行を思い出します。
ドイツ南部のビショフィンゲンという村の調査を終え、速度無制限のアウトバーンを飛ばしてフランクフルトに向かって北上する途中、農家民宿の調査を行うためにグータッハという町に立ち寄りました。ここはシュヴァルツヴァルトの中央に位置する農業と観光の町です。シュヴァルツヴァルトはドイツ語で「黒い森」の意味で、南北160km、東西20〜60kmの巨大な森林です。保養地になっていますが、ドイツ人にとって、古くからの記憶に繋がる心の拠り所ともいえる場所です。
調査の前日は、お婆さんが1人で経営している民宿に宿泊しました。
朝起きると、2階の小さなダイニングテーブルに置かれた皿の上に、薄く切られたライ麦パンとスライスされたソーセージとハムが乗っていました。あまりの素っ気なさに若干がっかりしつつ、粗挽き肉ソーセージのビアヴルストをライ麦パンに乗せて食べました。
一口食べて驚きました。程よいとろみと香りがするビアヴルストの脂身に、ずっしりと重く素朴なパンのコクと酸味が溶け込み、その美味しさに圧倒されました。
その後は、このような素朴ながら素晴らしい朝食に出会ったことはありません。食はその場の時間や空気とともに記憶されるので、二度とその味に出会うことはないでしょう。
朝早くに調査対象の農家民宿を訪ねました。
20人程度が宿泊できる民宿で、繁殖雌牛8頭を飼育し、飼料生産の草地も持つ複合経営です。挨拶を終えたところで、これからパンを焼くと言って、民宿の夫婦は長い板にパン生地を乗せて立ち上がりました。庭のパン焼き小屋に入って、奥さんがパン生地を渡し、主人が石窯にパンを並べていきます。
民宿の1階に飼われた牛から朝絞った牛乳と焼き上がったばかりの自家製のパンは昼食に供されます。シュヴァルツヴァルトらしい贅沢の極みです。どちらも味わうことなしに民宿を後にしたことは今でも残念に思っています。
新潟のパン
先日、新潟市西区青山にあるグレインズというパン屋さんにいってきました。
オーナーの西方健さんは、パリ、ドイツ、イタリアで10年間修行して帰国し、この店を立ち上げました。作るのは材料を厳選したヨーロッパ風のずっしりとしたパンです。耐熱レンガはイタリア製ですが、新潟市からほど近い安田瓦で有名な阿賀野の職人が薪釜を店内に作りました。パンには新潟県産の小麦粉と酵母を使用し、薪も地元産で、梨園の抜根も使っています。ローカルガストロノミーと西方さんはよんでいましたが、風土に根ざしたパン作りをしています。
店で購入したパンの袋を受け取って、ずっしりとした重さに驚かされました。
帰宅して、早速、食パンにバターを塗り、クロッテドチーズと家で作ったあんこを挟んで食べました。あんこに負けずにパンが主張していて、普通の食パンにはなかった味わいを感じました。普通の食パンにあんこを挟んだ時とは別物のように感じられました。
後日、友人がオリーブの黒と緑の実が練り込まれたカンパーニュを買ってきてくれました。ローストビーフとサニーレタスを挟んでみました。こちらは、重くかみ心地があるパンとローストビーフがマッチし、オリーブのほのかな苦みとオイルが味わいを引き立てます。やはり良いパンは他の食材の味をより高めると納得しながら、豊かな時間を楽しみました。
西方さんには、新潟食料農業大学で講演とパン焼きの実習をしていただくことになっています。新潟の風土の材料を使ったヨーロッパ仕込みのパン焼きを教えてもらえることを学生と共に今から楽しみにしています。
本学で2026年から始まるプロジェクト「風土の食と飲」に通じる魅力的な授業です。
(中井ゆたか)