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【第89回】「利他主義」と「先渡他」

利他主義は「合理的利己主義」?

「コロナ後」に関連し、ジャック・アタリ(フランスの経済学・思想家)が注目されています。彼の主張は、今後10年以内に「パンデミック」が再び起こる恐れがあり、これを口実に独裁主義が生じる危険もあるというのです。 

そういう状況下では、①利己主義、経済的孤立に陥ってはならない、②バランスの取れた連帯こそが求められる、③パンデミックという深刻な危機に直面したいま<他者のために生きる・人間の本質>に立ち返ろう、④ 協力は競争より価値があり、人類は一つだ、⑤利他主義という理想への転換が人類のサバイバルにつながる、などと主張しています。

また、⑥利他主義は、合理的利己主義に他ならない、⑦利他であることは、ひいては、自分の利益になるとも述べています。

そして、結論的にいま求められるのは、他者のため、医療機器、病院、住宅、水、食料を集中的に生産する体制へのシフトであるともいいます。
この<利他が自己利益に還元される>との論理展開は、いかにも欧米人らしいところです。

 

せん・ど・た …“自未得度先渡他”

次は日本の話です。
これは「大乗涅槃経(だいじょうねはんぎょう)」が原典なのですが、現在は禅宗の教え(曹洞宗)としてよく用いられ、<じみ・とくど・せんど・た>、短く略して、「先渡他」といいます。
「自ら未だ渡らざる ・先に他を渡す」、意味は、「自ら救われずとも、他をまず救わん」との大慈悲行の実践です。

一見すると「他人を先に救済することが、いずれ自らも救済されることになるのだ」とアタリのいう「合理的利己主義」にも似ているようなのですが、見返りを求めるものではないところが大違いに思えます。
大杉谷の佛國寺<黙雷和尚(もくらいおしょう)>はこれを“人のみを 渡し渡して 自らは 岸に上がらぬ 渡し守かな”と、わかりやすく解説していました。

 

競争と協調

本年の新入生への式辞では、今西錦司の考え方を紹介し、「日本と世界とを問わず、社会は、<競争>と<協調>とで成り立っている。そして、両者の共存と棲み分けで進歩する。これらが相互作用を働かせ、仲介し合い、動的な均衡関係>を保っているからこそ成立するのが社会なのだ。
多様性の重視とはそういうことだ」と伝えました。

ウイルスは生命体ではないのですが、人類を含む生物とは「不可分」の間柄です。自然環境・循環に介入してしまったのですから、この先も、ウイルスとは(共存)共生、あるいは棲み分けで行かざるを得ないと思っています。


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