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【第145回】ねずみ大根とおしぼりそば

ダイコンのおいしい季節になった。冬のダイコンはたっぷりとして柔らかく、ダシやタレをよく吸収してくれる。なかでも人気は、おでん、ふろふき大根、そして、日本海の名産・ブリと煮込んだ「ブリ大根」だ。

いま、コンビニのおでんは便利な商品として売れ行きが好調だが、おでん種のベスト3は①ダイコン、②たまご、③しらたきだそうである。(2016年・ファミリーマート)

さて、今回は、「そば」と「辛味ダイコン」についてお話したい。

 

だいこん役者のいわれ 

まずは余談から入る。「売れない役者」のことを俗に「大根役者」ともいう。この語源は、諸説あるのだが、① 根が白い→素人(シロウト)並み、②馬の(大根)脚しかやれない、③どのように食べても腹を壊さない(=当たらない)などといわれている。

                       

ダイコンそば、おろしそば、おしぼりそば  

ダイコンを用いたそばとしては、①千切りのダイコンを乗せたダイコンそば、②おろしたダイコンにそばつゆを混ぜて食べる一般的なおろしそば、さらに、③おろしたダイコンを絞りその辛味汁に薬味のネギ、鰹節を入れ信州味噌で味を調えたつゆで食べるしぼりそばの3種類がある。

                

俳句にも登場する辛味ダイコン 

信濃路を旅した松尾芭蕉の「更級紀行」には、大根が登場する。“身にしみて 大根からし(辛し) 秋の風”と。これは、たぶん、木曽街道(会田宿)で詠まれたと思うのだが、嵐山光三郎は、「信濃ならではのきびしい自然を詠みこんでいる・・・(中略)信濃の大根はやせた土地だけに大根は、形は小さくて身にしみるほどからかったのだろう」と解説する。

しかし、私は、どうも品種が違う大根だったからではないのかと考えている。芭蕉は、伝統的な辛味大根である「ネズミ大根」を食べて、この句を詠んだのではなかろうか。

ダイコンおろしの辛味とタレを合わせたそばの食べ方は、江戸時代にも見られ、“道光庵(どうこあん・浅草) 女房のむせる絞り汁”と詠まれている。

 

ねずみ大根は信州の名産 

つぎは、信州の伝統的な名産「ねずみ大根」に進もう。主たる産地は、千曲市、坂城町、上田市とその周辺で、それ以外の地域では気候、土壌が合わないらしくうまく出来ないとも聞く。姿かたちを見てほしい。ネズミそっくりだ。

このねずみ大根とやはり信州名産のそば、味噌とを組み合わせたのが「おしぼりそば」である。東京などでも「辛味大根そば」はしばしば見かけるが、ねずみ大根の生産地辺りのものとはどうも味が違う。実家のある安曇野・穂高でも、駅の近くにおいしい店(上條)があるが、慣れるまでは、むせてしまいちょっと戸惑う。ねずみ大根のしぼり汁と信州そばの相性は抜群だ。

 

ねずみ大根の栽培 

2020年1月の日経紙文化欄からの要約になるが、この大根は9月初旬に種をまき、霜がおり始める11月下旬ごろまでに収穫するという。

また、坂城町では、かつて年貢として幕府(直轄領)に納めたとも書かれていた。なお、この地域の伝統として、二毛作の裏作小麦を使った「おしぼりうどん」で賓客をもてなす習慣があるという説明もある。(坂城町ねずみ大根振興協議会)

多くの関係者の意識と努力が不可欠ではあるが、何はともあれ、こうした地域の食文化は大事に守っていきたいものである。


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