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【第155回】放牧型畜産と飼料の国産化

このところ食料安全保障が大きな議論になっている。4月下旬に宮崎で開催されたG7農業大臣会議でも取り上げられた。気候変動、世界的なインフレ、ロシアによるウクライナ侵攻とサプライチェーン寸断などが背景にあって、昨年は、わが国でも、「食料安全保障強化政策要綱」が策定された。ここでは、飼料について、「耕種農家と畜産農家の連携、飼料の広域流通、子実用トウモロコシ等の飼料穀物生産の拡大など」が提案されている。

だが、よく考えれば、「本来の家畜は、野原を駆けまわり、そこのクサを食べて乳や食肉を生産する経済動物」というのが自然ではないか。家畜の側からするエサの好み・生理、アニマルウエルフェア、消費者にとっての健康な食生活、自然循環とフード・チェーンの持続などの視点が重要だ。 

加えて、エサ供給のための土地と資源は、日本国内にいくらでもある。遊休農地、森林、河川敷などを活用した畜産の事例は数多くなってきた。未利用・低利用の土地や竹林などの未利用飼料資源の利用拡大と「畜産のあり方の見直し」を通じてこそ、飼料自給率、食料自給率も向上する。

今回は、放牧型畜産に関連する用語と事例を解説する。

 

スイス・ブラウン 

この牛は、スイスが原産地で、3用途(乳・肉・役用)の兼用である。欧州各地では、牧草地、牧場でクサを食べて成長する。後にアメリカで改良され、乳専用の「ブラウン・スイス」になったが、乳脂肪分が豊富なため、チーズなどの加工用に評価が高い。           

南ドイツのミュンヘンからバイエルンに向かう丘陵地帯、美しい農村の主役は、小麦・牧草と牛の風景であるが、穀物を消費するホルスタインでなくスイスブラウンだ。4つの胃袋を持つ牛は、牧草を食べて乳肉を生産するのだから不思議ではない。欧州では「食料安全保障」に関心が高い。              

 

蹄耕法(ていこうほう) 

寒冷地、急斜面など条件の悪い土地で牧場作りの一つの方法で、安価なことが特徴だ。切り株の伐採、重機などを使う整地、客土等には多額の費用が掛かるが、そうした土地にまず牛を放牧すれば、しばしは雑草を食べて成長する。そこに牧草の種子を蒔けば、牛は種子を蹄(ひづめ)で土中に踏み込む。その後に牛を出せば牧場は完成である。北海道などの寒冷地、山間地で行われており、岩手県の川井村や遠野など「夏山冬里地域」でも見かけた。

田や畑で飼料トウモロコシを生産するのもよいが、そこは、食用農産物生産に充てて、中山間地、耕作放棄地、森林などでは「放牧型の畜産」に向けた方が資源の有効利用だと思う

 

レンタカウ 

レンタカーではない。高齢化、過疎化による労働力不足などで「かつての農地」が放棄されている。この復元には、多額の費用と労働を必要とし、鳥獣害の発生源にもなる。山口県などでは、繁殖牛農家や畜産試験場が所有する母牛を貸し出して放牧している。飼料代の節約にもなり、妊娠中の母牛の健康管理にもよい。「一挙両得」のレンタカウ制度である。

 

放牧豚・野豚 

豚も放牧畜産が可能だ。フランス料理の素材「トリュフ」の探索用に豚が使われていることがよく知られている。「豚が鼻で土を掘る」性質を利用する耕作方法を鼻耕法という。荒廃農地や水田に豚を放牧し、雑草などをエサとして成長させる。耕作放棄地再生にも役立つ。愛媛県の西予市で養豚農家長岡慶さんは「奥地ほうぼく豚」のブランド化を目指す。 

長野県の小谷村にも遊休農地を活用、ストレスのたまらない広い環境での放牧を行う養豚農家の人たちがいる。こちらは、「小谷野豚(おたりのぶた)」として、商標登録と「北アルプス山麓ブランド」の認定を受けている。

 

優良事例は多いが、ここで最も肝心なことは、農業者や農村のこうした取り組みを消費者が理解し、選択してして支えていくことである。

健康的な赤肉、短期肥育の牛肉などについてCSA(地域支持型農業)を重視する時代がやってきた。 


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