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【第169回】中国との貿易モデルが変わる

日本産水産物輸入停止は雇用と市場の喪失

中国は、8月24日、福島原発のALPS処理水の海洋放出を理由として、日本産の水産物輸入を全面的に停止した。
停止には、IAEAが「無視できるレベル」と判断した科学的データとは別の政治的な判断があるものと考えられる。

この停止措置によって、8月の対中国水産物輸出は、7割近い減少と報じられているが、中国の雇用と市場に与える影響はどのようなことになるだろうか。(水産物の対中国向け輸出は、2022年で871億円・全体の3割を占め、とりわけ、ホタテ貝は467億円と群を抜いていた)

 

中国経済の現状

政府系のシンクタンク、中国国際経済交流センターの燕生首席研究員によれば、「経済の回復には3年はかかり、内需不足は今なお存在、民間の先行き不安に変化はない。景気は、停滞を挟みながらの回復となる」とのことだ。
要するに、国内の市場は縮小したままなのである。

こういった状況の中で、水産物、とくにホタテ貝の輸入を停止することは、このホタテを加工した上でアメリカに輸出するとの貿易構造を破壊し、これに伴う労働市場を失うことになる。

 

雇用統計 - 深刻な若者失業率

テレビなどが報じる中国の若者(16歳から24歳)の失業率は、国家統計局の数字で、6月が21%、しかし、親に扶養されている「無業者」を入れると46%と予想される深刻な状態である。
国家統計局では、7月以降は、失業率の公表を取りやめている。 

 

ホタテ貝輸出の貿易構造転換をアメリカが支援

輸出額が多い日本産ホタテの大半が中国での加工処理後米国へ再輸出されていることを踏まえて、米食品医薬品局(FDA)の登録を受けた台湾、タイ、ベトナムの加工施設への輸出を仲介し、ここから米国への再輸出するルートを構築するのである。(中国経由で米国が輸入した日本産ホタテは、2022年で1億ドル・147億円超に上る)

米大使館では、担当者が、東北や北海道を訪れ、漁協の関係者などに3か国・地域の施設を紹介している。

 

これまでのビジネスモデル

安い労賃を武器に「世界の工場」として機能してきた。
例えば、ユニクロの繊維製品などは、made in Chinaのタグのついたものが一世を風靡していたし、いわゆるヒャッキン(百円均一)の輸出元は中国が多かった。
このところ注目されるのは、こうした繊維製品の加工・縫製地が、バングラ、ミャンマー、ベトナムに移って来ていることに気づかないか。

 

大連と上海

水産物では、ワカメ、イカ、シシャモ、サケなどの加工地が、大連であり、日系の企業、日本人の監督の下で厳密な衛生管理が行われ、基準のレベルが高いEUなどへ再輸出されている。
ホタテはもっぱら上海で、その多くがアメリカへの再輸出である。

 

輸入全面停止措置の結果、中国は、雇用の場を他の国にとって代わられ、サプライチェーン(供給網)からははずれて、雇用と貿易収入と市場を喪失する。
国内の景気が低迷している状況下では採るべき経済対策ではないと思う。

日米で重要物資のサプライチェーンの強靭化を含む経済安全保障の対策が進むなかで、今回の禁輸措置は、中国側の供給網の脆弱性をあぶりだす結果になってしまったようだ。


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