学長コラム
【第2回】食料産業は地域密着型
ロワール河畔の村
食料産業は地域密着型
食料産業は身近なために大きな産業であることは意識されませんが、自動車、建設、医療などの2倍から3倍の規模を持つ巨大な産業です。
さて、この食料産業の特徴を見てみましょう。
最も大きな特徴は、地域に密着していることです。
農産物は、地域の特性に合わせて作られ、そのまま、または加工されて出荷されます。食料産業の生産や加工の場所は、流通や市場の条件を加味して決められます。
いくつかの例を見てみましょう。
ワインの味は土地で決まる
ワインの特徴を語る時、「テロワール」という言葉がよく使われます。テロワールは「風土や土地の個性」を意味し、気候や土壌がワインの味を決めると古くから信じられてきました。
1989年のことになりますが、フランスのトゥールからアンボワーズ城までロワール川に沿って、レンタルのスポーツサイクルを借りてサイクリングをしたことがあります。河畔には広大なブドウ畑とそれを見下ろすように立ついくつもの城がありました。地域の豪族の屋敷とワイン畑がセットになった風景は中世から続いているのだろうと思いを巡らしながら、ひたすらペダルを踏みました。往復60km程度の平坦な道でしたが、風が強く、借り物自転車ではとてもハードなライドでした。
アンボワーズ城は、レオナルド・ダ・ビンチが最晩年の1516年からの3年間、城主の庇護のもとに過ごした城です。城内のチャペルには彼が手がけた壁画が残されていました。ダ・ビンチはこの土地のワインを飲みながらこれを描いたのでしょう。テロワールは、土壌や気候だけでなく、このような歴史の中の逸話をも包含して、一杯のワインに深い味わいを加えます。
また、2002年にはドイツ南部のビシュフィンゲン村という小さな農村の調査に行きました。サンドイッチとよく冷えた白ワインを楽しみながら、村長さんと打ち合わせをしたことを思い出します。この村の郷土館には、垂直土壌断面標本が展示されており、この水はけの良い土壌がワインの味を決めるといった説明が付けられていました。日本では大学の土壌学研究室あたりでしか見ない土壌断面標本が一般向けの郷土館で展示されていることに驚きました。ヨーロッパでは、ワインを味わうためには、テロワールとして土壌の特性を知ることが重要なのでしょう。
酪農は都市近郊型農業
コールドチェーンが整った今、北海道で作られた牛乳が当たり前のように東京でも飲めます。しかし、私が子供の頃は、近くで生産された牛乳だけが街で飲まれていました。5歳の頃、幼稚園に行かずに乳業会社の知り合いのおじさんのオート三輪に乗せてもらったことがあります。一軒ずつ農家を回って門口に置かれた集乳缶を集めて回りました。
1970年代にバルククーラーとよばれるタンクが登場するまでは、朝絞った牛乳は冷却しないまま乳業工場に運ばれていました。当時の飲用乳の生産は、必然的に消費者に近い場所で行われる都市近郊型農業でした。牛乳に限らず、今でも、新鮮な農畜産物を消費者に届けるためには都市近郊が有利です。
米粉発祥の地、胎内
新潟食料農業大学がある胎内市は1998年に日本で最初に米粉専用の製粉工場が作られた「米粉発祥の地」とされます。県が中心となって米粉の微細製法技術を開発したことによるものですが、この地域で米生産が盛んなことや、米粉を使用する米菓メーカーが近隣にあることも重要な要素です。このような地域特性によって、胎内市で米粉生産が始まったといえます。
これらの例から分かるように、食料産業は、基本的には地域密着型の産業です。
(中井ゆたか)