学長コラム
【第3回】食料産業を支えるフードチェーン
食料産業基礎実習「水稲の移植実習」
生産から食卓までを繋ぐフードチェーン
日本の食の原点は米です。
新潟食料農業大学では、1年生の食料産業基礎実習「水稲の移植実習」として、教職員総出で学生と共に田植えを行います。秋には同じように皆で稲刈りを行います。収穫した米は、大学の食堂で提供します。無料ですので、おかずを家から持ってきて自分が栽培し収穫したご飯を楽しみながら、春の田植えを思い出ことができます。
これにより、田植えから、稲の手入れ、収穫、乾燥、精米、炊飯など多くの手を経て、食卓に上るという「繋がり」を感じることができます。生産から始まって多くの段階を経て、これらが切れ目なく繋がって、食物が食卓に届くことを実感できます。
生産から食卓へのそれぞれの段階の途切れない繋がりをフードチェーンとよんでいます。
“Farm to Table”
“Farm to Fork”といった言葉を使った戦略をEU(欧州委員会)が2020年に打ち出しています。日本語にすれば、「農場から食卓まで戦略」です。生産から食卓まで至るフードチェーンを公正で健康的で環境に配慮したものにすることを目指して、多くの分野での目標などを示しています。2030年までに全農地の25%を有機農業とするための取組を後押しすることも含まれています。
一方、“From Farm to Table”という言葉があります。
これは大腸菌O157やクリプトスポリジウムなどによる食中毒の多発を受けて、1997年にアメリカのビル・クリントン大統領が発した言葉です1)。彼は、食品の安全性確保のためには、農場から食卓までの全段階で一貫した衛生管理が必要であるとして大規模な対策を打ちました。
ただ、“From Farm to Table”の考え方は1960年代から70年代のアメリカにありました。このころ、大企業の加工食品一辺倒の傾向に疑問を持った人々から、新鮮、有機、持続可能な農産物を食卓に乗せようという動きが起こっています2)3)。私は1984年から2年間アメリカのワシントンDCで過ごしましたが、生のオレンジを絞る機械がスーパーマーケットにあったことを思い出します。目の前で新鮮な果物から絞ったばかりのジュースを買うことができました。大量の野菜や果物のジュースが、工場で瓶詰めにされて消費者に届けられることに疑問を持つ消費者のニーズが形になったと考えられます。
Farm to ForkやFrom Farm to Tableの根本にあるのは、フードチェーンの安全や安心の見直し、食に関する価値観の再構築といえます。
今では、とくにオーガニック志向が高まるアメリカ西海岸で、地元の農場で作った新鮮なオーガニック食材をレストランで提供することが広く行われています。
ちなみに、”super market”と言う名称は1930年頃に登場し、それが”supermarket”となったようです。私が渡米した頃にはほとんど使われておらず、周りの米国人に聴くと、grocery storeと言ったり、店の固有名称で呼ぶと言っていました。ワシントンの隣のメリーランドやバージニアでメジャーなグローサリーにGiantがあり、Super Giantと名乗る店もありましたので、これからとって、日本でスーパーと呼んでいるのはなどとの珍答もありました。
フードチェーンの課題
フードチェーンの駆動力は“ものを作り売ること”で、フードチェーンを加速するのは“マーケット(消費者・市場)のニーズ”です。ものを作ることでフードチェーンは動き始めますが、生産者の独りよがりで作ったものは売れません。人々が求めているもの、時代が必要としているものを作ってこそ売れるのです。生産者が良いものを作れば売れるという考え方をプロダクトアウト、マーケットのニーズに基づいた物作りをマーケットインといいます。今の食料産業では、とくにこのマーケットインの発想が重視されています。
Farm to Table to Farm「農場から食卓へ、そして農場へ」
フードチェーンにおいて、ものは生産現場から食卓へと流れますが、食卓から生産へと上流に向かう流れもあります。
一つは、消費者が求めるものや、販売・流通・加工に携わる人が求めるものに関する上流に向かう情報の流れです。また、“もの”に関する情報ばかりではなく、人々が求める“価値”も重要な情報です。マーケットのニーズとは、これらのものや価値に関する情報です。
もう一つの流れは、食卓や流通の過程から多量に出る廃棄物を堆肥化して有機肥料して農場に持ち込む流れです。また、食品残渣を家畜の餌にする流れもあります。これらは、上流へとさかのぼる資源の流れです。
フードチェーンの中で途切れなく流れる食品、情報、資源。これらの流れを加速するマーケットのニーズ。日本の全産業が生産する金額の1割を占める食料産業において、ものや情報がめまぐるしく、絶えることなく動き回っています。
この大きなフードチェーンの中に、新しい“もの”や“こと”を創り出すには、人々の情緒を理解する包容力とともに、論理的・創造的な科学思考が重要と考えます。
(中井ゆたか)