学長コラム
【第5回】6次産業化と小さな酪農
牛とミルクの生産を学ぶ木陰の教室
6次産業化とは
食に関する産業の大きさを考えたことはありますか。
食料産業全体の令和4年度の国内生産額は114兆円です。これは、日本の国家予算とほぼ同じ額で、大きな産業といえます。内訳としては、農林水産業は13兆円で農業単体では9兆円、食に関係する製造・流通・外食の合計額は96兆円です。その他は関連投資および資材供給の産業です。
生産を1次産業、加工・製造を2次産業、流通・販売を3次産業とよびますが、食料産業における1次産業の生産額は全体の1割強にすぎず、2次産業および3次産業が占める割合が大きいことが分かります。
この数字に見られるように、多くの生産者は生産しているだけでは儲からないと感じてきました。私も大学の農場で米の生産・販売に係わったことがありますが、業者が来て、30kg7,000円で買いたいとの申し出がありました。その業者の店では同等の米が21,000円で売られていました。勿論保管などの経費はかかりますが、たった70kmほど離れた都市に移動させるだけで3倍の値段になることに驚かされました。それなら、自分で売ろうと言うことになり、学内での販売に踏み切りました。
このように、当然、農家も自分で加工し、販売して収入を上げようという考えに至ります。生産、加工・製造、流通・販売、これらをまとめて行う6次産業化に移行しようと考えるわけです。
6次産業化という言葉は、平成23年(2011年)3月1日に施行された「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」、通称「六次産業化法」により法的に位置づけられています。
この6次産業ですが、1次産業、2次産業、3次産業を足し合わせて6次産業と説明されることもありますが、私は1×2×3=6の掛算で6次産業と考えるほうがよいと考えています。かけ算で考えることによって、1次産業の重要さがわかります。すなわち1次産業があって初めて6次産業化が成立するのです。また、1次産業の価値を高めることによって、6次産業化が大きく育つことになります。
6次産業化は、元々は農業者が自らの生産物を使って、製造や販売を行って儲けを増すためのものでしたが、近年は販売業者や流通業者が農業を行う例も増えています。
酪農の6次産業化
ここでは酪農について見てみることにします。
最近は大規模な酪農が目立っています。メガファームといって、100頭以上の搾乳牛を飼って、年間に1,000トン以上の生乳を生産し、販売額が億単位の経営もあります。また、この10倍規模のギガファームも全国に十数戸あります。
令和5年の統計では、乳用牛の1戸あたり飼養頭数は107.6頭ですが、成畜飼養頭数規模別でみると、1〜49頭を飼養する農家が53.5%と半数を超え、実際には平均の半分以下の規模の農家が半数以上を占めます。とはいえ、この小規模の農家で飼われている頭数は全体の20.9%にすぎません。一方、300頭以上を飼養する酪農家の戸数は2.8%ですが、頭数は全体の21.3%を占めます。傾向としては、小規模の農家は減り、大規模経営はさらに規模拡大を図りながら割合を増しています。
ただ、小規模でも6次産業化を図って経営を安定させている例が様々な地域で見られます。ミルクを絞って、そのミルクを使ってアイスクリームやジェラートを作り、これを自分の店で売るといったようなことが行われています。これらは、家族経営が多く、家族による手作りを看板にしている経営もあります。
以前、大規模な経営を展開するのと、家族で牛を飼って小さなお店でアイスクリームを売るのでは、どちらの人生を歩みたいか、と学生に質問したことがあります。
畜産学科でしたので、大規模経営を目指す学生が多いのではないかと思っていましたが、ほとんどの人が家族経営を選びました。
理由を聞いてみると、がむしゃらに働いてお金を儲けるよりも家族を大切にする人生を選びたいという意見が多く見られました。
6次産業化は単に儲けのためではなく、家族の幸せを追求する形にもなります。
(中井ゆたか)