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【第9回】食料安全保障と環境と調和した食料システム



 アンパンマンが「メロンパンナちゃんじゃなくて 僕の顔をお食べ」と我が家の愛犬セタに語りかけているようです。
 作者のやなせたかし氏は、アンパンマンを自分の顔を食べさせて飢えから救うヒーローとして描いたそうです。飢えさせないことは食料安全保障の原点です。



 2025年は無事に新たな年を迎えることができました。
 昨年は元日に能登半島地震が起こり、正月気分は吹き飛びました。その後も8月に台風第10号が九州・四国・東海地方を襲い、9月にはさらに奥能登豪雨が発生し、日本は自然災害の猛威に晒されてきました。日本はロバストすなわち強靱な国土を作るとしてきましたが、まだまだ脆弱な状態にあることを感じます。予防や復旧においても、2011年の東日本大震災の教訓が十分には生かされてはいません。
 世界に目を移しますと、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻、2023年10月に始まったイスラエルのガザ地区での戦闘は今でも継続中です。少しでも早い集結を祈るばかりです。
 ウクライナ侵攻に際しては、ウクライナからの穀物輸出が滞ったことによる世界のコムギやトウモロコシ不足が生じ、日本国内でも小麦粉が高騰しました。さらにはロシアからのカリウム輸出が止まったことなどにより、肥料価格も高騰しました。これらのことは、日本の食料および食料生産が世界情勢の変化によって大きな影響を受けることを示しており、日本の食料安全保障の脆弱さが映し出されたといえます。
 6月には食料・農業・農村基本法が25年ぶりに改正されました。この法律は日本の食料生産と農業の方向性を決めるバイブルのようなものものです。今回の改正のおもな点は、食料安全保障の確保と環境と調和のとれた食料システムの確立です。ここでは、気候変動、自然災害、世界情勢の変化に対応した安定的な食料供給が重視されています。
 新潟食料農業大学では、開学に先だって2016年にカリキュラム案を作りましたが、その時、学部の4年生の総まとめの授業において、前期には食料安全保障、後期には食料産業と環境の生態系サービスを講義テーマにすることにしました。それから8年経った今、食料安全保障と環境が日本の最重要課題として法律に盛り込まれたわけです。そのような意味で、本学は食料生産に関する先駆的な概念を持って歩んできたといえます。
 食料安全保障は、国のレベルで語られることが多いのですが、地域、個人のレベルに至るまで確保する必要があります。個人個人に十分な量の食料が行き渡るだけでなく、安全・栄養・味覚・経済を複合的に満足させる必要があります。
 食料産業は、環境から多くの恵みを得ると同時に、環境を支えている産業です。国・地域・個人、すべてのレベルの食料安全保障を確保しながら、環境と調和した食料産業を構築することが今後もっとも重要な課題です。
 2025年は、ウクライナおよびイスラエルの戦争は終結の兆しが見えませんし、地球温暖化に伴う気候変動による自然災害の多発や農作物生産への影響が危惧されます。政治においては、アメリカはこれまで以上に自国の利益を求めてゆくでしょうし、ヨーロッパ諸国の政権も不安定です。日本においても政治体制の着地点が不明確で、将来を大局的に捕らえた方策の構築はしばらくは無理でしょう。国内外共に進む道は、これまで以上に不透明です。
 このような時こそ、もう一度足元を見直し、地域の環境や条件に合わせた安全安心で持続的な食料生産や流通方法の確立や、これらを担う人材の育成を、地道に続けて行くことが大切です。地方創生の重要な鍵は「食」です。

(中井ゆたか)


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