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【第11回】世界に広がる日本の食料産業

 栗駒山を望む六角牧場の春。
 日本短角種(左の1頭)と黒毛和種の牛が若草を食んでいます。 
 和牛として黒毛和種・褐毛和種・日本短角種・無角和種の4品種が飼育されています。その中でも日本短角種は草などの粗飼料の利用性が高く、夏山冬里方式の放牧に適し、赤身の多い肉を生産します。健康的な食肉として注目されていますが、日本では肉質の評価は、おもに霜降りの度合いによるため、一般に低く評価されています。
 黒毛和種は、筋繊維間に多くの脂肪が入る霜降り肉を生産します。赤身肉に脂肪が細かく網目状に入り、「サシ」や「マーブリング」とよばれます。マーブルは大理石のことですが、黒毛和種の美しい大理石模様は、育種家と畜産農家が作り出す芸術品ともいえます。かつて1頭5,000万円で競り落とされたこともあります。輸出の中心は、神戸ビーフ、松阪牛、近江牛、飛騨牛、仙台牛などのブランド牛です。



世界に広がる日本の食料産業

 2月4日に農林水産省から「2024年の農林水産物・食品の輸出実績」が発表されました。初めて1.5兆円を超えたといううれしいニュースです。日本の食料輸出は成長産業です。
 2024年の農林水産物・食品の輸出額は、1兆5,073億円に上りました。2014年には6,117億円でしたので、10年で約2.5倍になりました。2021年に初めて1兆円を越え、順調に農林水産物・食品の輸出が伸びています。



輸出先

 おもな輸出先国・地域は、米国2,429億円、香港2,210億円、台湾1,703億円、中国1,681億円、韓国911億円、ベトナム862億円、タイ629億円、シンガポール557億円です。昨年と比べて、中国および香港向けは水産物の輸入規制の影響で大きく減少し、中国で689億円、香港で155億円の減少です。しかし、この2国以外では、合計額1,358億円増加しており、輸出総額の伸びに繋がりました。米国、台湾、韓国では2桁%の伸びでした。
 ただ、トランプ大統領は、”Tariffs are the most beautiful words to me in the dictionary.”「関税は最も美しい言葉」と繰り返して言っており、この先の米国への輸出は不透明な部分はあります。とはいえ、ベトナム、タイ、シンガポールを足すと2,048億円であり、米国への輸出額に近い額が輸出されています。台湾、韓国向けも堅調ですので、今後、日本はアジアへの輸出に力を注ぐことによって、安定的に輸出を伸ばして行くものと思います。



輸出品目

 品目を概観しますと、農産物9818億円(対前年比+8.4%)、林産物667億円(対前年比+7.5%)水産物3609億円(対前年比マイナス7.5%)、少額貨物979億円(対前年比+1.9%)です。
 輸出品目毎にみてみましょう。
 加工食品は5,342億円です。その内訳はソース配合調味料630億円、清涼飲料水574億円、日本酒434億円、ウイスキー437億円、菓子(米菓を除く)344億円、醤油122億円、米菓(あられ・せんべい)66億円、味噌63億円などです。なかでもソース配合調味料は前年比86億円の伸びで、日本式カレー人気やインバウンドによる日本食人気によって大きく増加しています。
 畜産品は1,396億円です。内訳は牛肉648億円、牛乳・乳製品305億円などです。牛肉は前年比70億円の伸びで、米国、台湾、東南アジア、欧州に商流が拡大しています。インバウンドなどで一度知った和牛のおいしさは忘れられないでしょう。神戸牛などのなめらかで香り高い脂は他では味わえません。
 米(援助米を除く)は120億円で、野菜・果実等は732億円です。その内訳は、りんご201億円、ぶどう59億円、いちご54億円などです。
 米は前年比26億円の伸びで、これは、日本食レストランなど米国や香港の外食需要の増加によるものです。
 りんごは昨年比34億円の伸びで台湾への輸入が堅調です。これも、やはり食味の良さです。私は留学中にアメリカの小さく堅いりんごをかじりながら、日本の芳醇な香りのりんごを懐かしんでいました。日本のりんごの美味しさは世界一です。
 その他の農産品として、緑茶364億円、たばこ199億円などがあります。
 緑茶の中でも抹茶が海外で大ブームです。希少な高級抹茶から買い取られています。先日、京都の老舗のウェブサイトを見ましたら、高級な抹茶が皆売り切れで驚きました。数百kg単位での抹茶の注文も舞い込むようです。抹茶は、茶臼で碾(ひ)いて作りますが、一つの臼で碾けるのは1時間に数十グラム単位で、製造が間に合わないようです。
 水産物(調製品除く)は2,819億円です。ホタテ貝695億円、ぶり414億円、真珠412億円などがあります。食用ではありませんが、錦鯉が72億円輸出されています。この額はぶどうやいちごなどを上回るもので、目立っています。米国、中国、インドネシア、ドイツ、オランダ、ベトナム、英国など世界各地に輸出されています。2002年にドイツの南部のビショフィンゲン村を訪れた際、庭の小さな池に錦鯉を見つけ「Japanese carp!」とつぶやくと、家の主人が「Koi」とすぐに言ったのを思い出します。古くから鯉は輸出されていましたが、その人気は年々高まっています。なお、本学がある新潟県は錦鯉生産日本一で、全国の46%が生産されており、県をあげて輸出に力を入れています。
 水産調製品は790億円で、内訳はホタテ貝調整品177億円、練り製品113億円です。これまで多かったなまこ(調製)は105億円で前年比38%減です。中国向け輸出の停止が響いています。ただし、中国は、2025年前半にも日本産水産物の輸入を再開するともいわれており、水産物の中国および香港向け輸出は再び伸びるものと思われます。



成長輸出産業としての食料産業

 日本の食品は安全安心であるとして世界に広く認知されており、今後さらに輸出は拡大して行くことでしょう。
 米やりんご、ぶどう、いちご、緑茶などの農産物やホタテなど海産物、および牛肉の輸出は、より拡大して行くでしょう。
 日本酒も日本食ブームに合わせて拡大を狙っています。日本食レストランとセットで輸出することも行われています。日本酒メーカーは国内消費の落ち込みに危機感を抱いており必死です。
 また、カレーなどのレトルト食品の輸出が盛んですが、品質や味、安全性の高さによって、さらに輸出量は増えると考えられます。店で食べるのとほとんど同じ味のものが安価で入手できることが海外の消費者に広く知られれば、さらに大幅な伸びが期待できます。ロンドンやニューヨークでは、ラーメンが日本円にして5,000円を超えることもあるようですが、これに近い味のものが数百円で家で味わえるとなれば、手に取る人が増えて行くことでしょう。まだまだ、拡大する可能性があります。加工食品は今後も輸出食品のポイントゲッターでしょう。



日本の食を海外で作る

 国内で製造した食品の輸出だけでなく、多くの食品メーカーが海外拠点での生産を行っています。
 たとえば、株式会社ニチレイでは、海外に進出したのは1980年代のことで、エビフライや中華点心、カニカマなどの生産を開始しました。現在も低温物流の拠点を世界に展開し、冷蔵・冷凍食品の輸出や輸入に大きく寄与しています。また、キッコーマン株式会社は積極的に海外展開を図っており、1973年に米国工場、1997年にはオランダ工場、1984年にはシンガポール工場を立ち上げ、現在8つの海外工場が稼働しています。まさに、しょうゆはグローバルスタンダードな調味料になっています。
 本学の教授に、これら2つの会社のOBがおり、海外進出の苦労話をよく聞きました。本学の卒業生の半数は食品企業に就職していますので、今後、海外に向けて生産や、海外で製造・販売において活躍する人たちも増えることでしょう。
 味噌、レトルト食品、冷凍食品なども海外製造が活発に行われています。カニカマなども海外の工場で盛んに作られています。
 日本の食は、日本からの輸出と海外拠点での生産が両輪となって、世界に広がっています。

(中井ゆたか)


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